からまつラリークラブの一員になってはや6年になりました田井です。
確か1999年あたりの入会です。
クラブ紹介といってもなかなか難しいので、まず自分がなぜからまつ
に魅かれたか書きたいと思います。
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僕がラリーをはじめたころの話です。
ゴール会場で楽しそうに騒いでいる集団がありました。これがからま
つラリークラブの皆さんでした。
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この頃のラリーは明け方まで走ることが多く、ゴールする頃にはぐった
りしている人も多かったのですが、からまつ部隊は違っていました。
ゴール会場で他のクラブも巻き込んでの大宴会で、いつも一番にぎや
かでした。
とにかくボーダレスな雰囲気で、からまつの周りにはいつも他のクラブ
の人たちが入れ替わり立ち代りやってきていましたし、ラリーをネタに
眠るのもわすれるほど盛り上がっていたのを覚えています。この人た
ちと一緒に騒げたらすごく楽しいだろうな....。
と思っていたら、からまつの一員になっていました。
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上田に住んでいたこともひとつのきっかけになりました。からまつのメ
ンバーになる前からダブルボディーや、事務局のある中村タイヤ(現ミ
スタータイヤマン塩田店)で、いろいろお世話になっていましたし、今
思うと、気軽になんとなく顔を会わせることが多くて、気心の知れる人
たちに気持ちが向いたのでしょうね。
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このころのラリーには、レギュラーとしてCクラスは次郎丸ランサー、
Bクラスは川端ミラージュ、Aクラスに斎藤アルトと田井アルト、そして
スポット参加ですが山本ランサー、依田インプレッサ、柳沢インプレッ
サ、小林ミラージュ、田中セルボモードという総勢9台のラリー車が出
場していました。
ですから、からまつのサービスといえば常時4台は車両を抱えていた
でしょうか。多いときには7台!なんてこともありました。
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ラリーのサービスには、”人手足りないだろうから仕事終わらせてその
まま来たぞ。”と言って車両をメンテナンスしてくれる人や、”腹が減る
だろうからメシつくりに来たぞ。”なんて言って来てくれる人がいっぱい。
時には、”応援しに来た。どうだい調子は?がんばれよ〜。”って人も
来るし、まあにぎやかなもんで、とにかく人がいっぱいでした。みんな
ほんとラリーが好きなんですよね。
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1ステ終わってサービスに戻るとき、待っていてくれる仲間がいるって
だけで安心だし、なんとなく元気が出るもんです。
いつだったか、フロントのロアアーム曲げてガラガラいいながらたどり
ついたこともありました。最悪リタイヤかと覚悟しましたが、サービスに
来てくれた方々の働きで、時間内に修復されて、また元気に次のステ
ージに出て行けたときにはほんと感激しました。
ああやっぱりラリーはチームで戦う競技なんだね。
からまつに入っていて良かったなぁ。と心底思ったものです。
そのころから出場しない時にはサービスによくメシを作りに出かけるよ
うになりました。外でメシ作ってみんなに食べてもらうのもこれまた楽し
くって、いいもんです。
いろいろとサービスならではの料理もありますよ。
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さて、それでは現在のからまつです。
からまつのメンバーは前述にもあるダブルボディープロジェクトでほと
んどのクルーが車両のメンテナンスをおこなってもらっています。
他のクラブの人からは、”ここにはいつ行ってもだれかしら、からまつ
の人間がいて話をしてるよねっ。”って言われます。
実際ほんとによくいるんだよね。
自分も暇ができれば用がなくても行ってたりしますから。
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そしてからまつには、現役バリバリの人間がいっぱいです。
ラリーは3台、ダートラは2台、ジムカーナは1台かな。ほかにも、1年
に1回くらいは出るよって人もいるからあと3〜4台はいるんじゃない
かとおもいます。
一時は、県内で1番現役選手が多いクラブじゃないかと言われたこと
もありましたね。
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最近はスポーツランド信州を舞台にダートラの主催も始めています。
真夏の太陽の下、クラブのメンバー全員で連携取りながらひとつのイ
ベントを成功させるのもまた楽しいものです。
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連帯感も生まれるしね。
イベントが終わってエントラントの皆さんが手を振りながら帰っていくの
を見ると充実感というか達成感が沸いてきます。
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自分はラリー屋だからラリーベースでの話しばかりになりましたが、と
にかくイベント終わってからゴール会場でみんなでビールを飲みなが
らの反省会というか宴会。
これがなんたって楽しい。これが楽しいからラリーってやめられないん
です。
そしてやっぱりこういうときこそ仲間がいるほうがたのしい。
だから、からまつにいます。
同じ瞬間を過ごせる仲間がいると何倍も楽しいですね。
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